大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和49年(オ)246号 判決

上告人

大村主計

右訴訟代理人

太田常雄

外二名

被上告人

斉藤哲也

右訴訟代理人

佐藤成雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人太田常雄、同松井正道、同城戸勉の上告理由第一点について。

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第二点ないし第五点について。

原審の適法に確定したところによると、戸塚カントリー倶楽部はそれ自体独立して権利義務の主体となるべき社団としての実体を有せず、同倶楽部理事長は訴外神奈川開発観光株式会社(以下「訴外会社」という。)所有のゴルフ場施設の管理運営を訴外会社から委ねられ、その業務を代行しているにすぎず、戸塚カントリー倶楽部会員権は、会員が訴外会社の代行者たる同倶楽部理事長に対して入会を申し込み、同倶楽部の規則所定の理事会の承認と入会保証金の預託を経て理事長がこれを承諾することによつて成立する会員の訴外会社に対する契約上の地位であり、その内容として会員は、訴外会社所有のゴルフ場施設を同規則に従い優先的に利用しうる権利及び年会費納入等の義務を有し、入会に際して預託した入会保証金を五年の据置期間経過後は退会とともに返還請求することができ、また、会員は同倶楽部理事会の承認を得て会員権すなわち以上のような内容を有する債権的法律関係を他に譲渡することができる、というのであつて、右事実関係に照らすと、本件戸塚カントリー倶楽部会員権はいわゆる預託金会員組織のゴルフ会員権と称せられるものにあたることが明らかである。

以上のような性質を有するいわゆる預託金会員組織ゴルフ会員権を目的とする譲渡担保設定契約において、設定者が、譲渡担保権者の換価処分により将来右ゴルフ会員権を取得した第三者のために、その譲渡に必要なゴルフクラブ理事会の承認を得るための手続に協力することをあらかじめ承諾している場合には、被担保債権の履行期の経過に伴い譲渡担保権者が取得した換価処分権能に基づく第三者への売却によつて、ゴルフ会員権は設定者に対する関係では売渡を受けた第三者に有効に移転し、右売却の時に被担保債権は、換価額が債権額を超えるときは全額につき、換価額が債権額に足りないときは換価額の限度で、満足を得たこととなり、これに伴つて譲渡担保関係も消滅し、設定者は、右換価額が譲渡担保権者の債権額を超えるときはその超過額を譲渡担保権者から清算金として受領することができるが、ゴルフ会員権については債務を弁済してその回復をはかる機会を確定的に失い、これを取得した右第三者のために、ゴルフクラブ理事会の譲渡承認を得るための手続に協力する義務を有するに至るものというべく、また、設定者は、譲渡担保権者が清算金を支払うのと引換えにのみ右義務の履行に応ずるとの同時履行の抗弁権を第三者に対して行使することは許されない、と解するのが、相当である。それゆえ、原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、上告人の所論同時履行の抗弁権を排斥して被上告人の上告人に対する本件会員権譲渡に伴う名義変更承認願協力請求を認容した原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(天野武一 関根小郷 坂本吉勝 江里口清雄 髙辻正己)

上告代理人太田常雄、同松井正道、同城戸勉の上告理由

第一点 〈省略〉

第二点 原判決は契約上の地位の譲渡に関する法令解釈を誤り乃至はこれに関する判例に違背した誤りがある。

原判決は本件会員権の譲渡を以つて、上記訴外会社(神奈川開発観光株式会社)と会員(上告人大村主計)との間の契約上の地位の譲渡であると解し、右譲渡は、譲渡人と譲受人間の契約であれば足り、原契約の相手方(上記訴外会社)を加えた三面契約である必要はない旨判示し、上告人と訴外日本ゴルフ株式会社との間及び同会社と被上告人斉藤国重との間の会員権譲渡は、当事者間では有効であると断じている。

しかしながら、債務引受(就中、免責的債務引受)を伴う契約上の地位の譲渡をなすには、債権者(原契約の相手方)を加えた三面契約によること、少くとも、債権者の承諾あることを必要とし、三面契約によらず乃至は債権者の承諾のない場合は、そもそも当該の譲渡自体が効力を生じないものと解すべきであり、従前の判例(大審院大正十四年十二月十五日判決、民集四巻七一〇頁、同昭和二年十二月十六日判決、民集六巻七〇六頁)もまた然りである。

原判決はこの点について、最高裁判所昭和三十年九月二十九日判決(民集九巻十号一四七二頁)を援用しているが、右援用判決は、契約上の地位の譲渡は債権者の承諾なくしては同人に対して効力を有しないとするものであつて、契約上の地位の譲渡が三面契約によることを必要としないとは判示していない。

この援用判決の理解の仕方については、既に学説上にも争があり、右判決は三面契約的構成に立つものと解する有力説(於保不二雄債権総論(新版)法律学全集昭和四十七年版二三九頁註十四)があることは周知のところである。逆に、右援用判決を以つて、契約引受の契約形態に関する従前の判例の見解を改めたものと見る学者(註釈民法第十一巻四五四頁四五五頁椿寿夫)でさえ「判例をみると、(中略)この種の引受形態を認めようとするのか否か、すでに問題」であると述べている(同書四五五頁)程である。

いわゆる契約引受(契約上の地位の譲渡)の契約形態の法理は、三面契約によることを要しない旨の新判例のない限りは、従前の判例の見解が、基準となるべきものであると云うべきである。従つて原判決がこれと異る見解に立つた点は、判例違背の非難を免れず、この点の判断が、本件会員権の帰属並びに名義書換請求権の主文判断に影響を及ぼすべきことは云うまでもない。

第三点 原判決は、当事者(被上告人)の申立てざる事項について審理判決した違法がある。

被上告人の本件会員権にかゝる名義書換請求の請求原因は、原判決の判示する被上告人の主張によれば、訴外日本ゴルフと被上告人(斉藤国重)との間の会員権譲渡(被上告人は、これは債権譲渡であると主張している)から法律上当然に生ずる対抗要件具備請求権(即ち法定の請求権)であつて、右会員権譲渡契約自体乃至は之に伴う附帯契約上の請求権の主張はなされていないにも拘らず原審は、被上告人があたかも上告人(担保設定者)と訴外日本ゴルフとの間の契約上の請求権を主張しているかの如く誤認して、契約上の請求に対して審判した点は、申立のない訴訟物に対して判決した違法があると云うべきである。

蓋し、同一の会員権に係る名義書換請求であつても、法定の請求権による場合と、名義書換を特に約定した契約上の請求権による場合とは、法律上の性質を異にし訴訟物を異にすると考えるべきであるからである。

就中、被上告人の名義書換の承諾の主張(原判決第八丁裏四行目)及び中間省略登記承諾の効力を論ずる主張(原判決第八丁裏十行目)は、物的処分としての債権譲渡自体から法律上当然生ずる対抗要件具備請求権の主張に係るものであつて、名義書換を目的とする契約上の債務の履行を求める請求とはかゝわるものではない。又本件名義書換請求が、名義書換を目的とする契約上の債務の履行を求めるものとするならば、その履行を求める者は、右契約に附着する一切の抗弁事由の対抗を受けるべき筋合であるが、かくの如き重要な相違を招来すべき二種の請求権を区別せず同視することは許されるべきではない。

第四点 原判決には本件会員権の名義書換請求の請求原因につき、審理不尽、釈明権不行使の違法がある。

原審は、被上告人の本件の名義書換請求について、その請求原因が、法定の請求権の他に、或いは之に代えて、契約上の請求権を主張するにあると解する以上は、その当事者は如何、その当事者と被上告人(斉藤国重)との間の承継原因、原契約の内容並に原契約上の抗弁事由(上告人は、原判決第五丁裏第九行目以下に記載のとおり、抗弁事由を主張している)に対する認否等につき被上告人に釈明せしめ、請求原因事実を明確ならしめ、これに対し審理を尽すべきであるにも拘らずこの挙に出でずして、上告人が訴外日本ゴルフに対して入会保証金預り証(甲第一号証)等の文書を交付して会員権の譲渡をした以上は、上告人は名義変更承認願をすることを承認したものとみるべきである旨判示(原判決第十五丁表第八行目より同丁裏六行目まで)し、漫然と、名義書換請求を認容したことは、審理不尽、釈明権不行使の違法があると云うべきである。

第五点 原判決は、本件名義書換請求に対する上告人の抗弁事由(清算金との引換給付)について、審理不尽、判断遺脱の違法若しくは担保権実行に関する判例法理違反がある。

上告人は、被上告人の本件会員権名義書換請求に対し、右請求の根拠は、上告人と訴外日本ゴルフとの間の担保契約にあると見られるが故に、これを行使しようとする被上告人は、同担保契約上の一切の抗弁(上告人の抗弁)の対抗を受けるべきものであると抗弁し(原審における上告人(控訴人)代理人の昭和四十八年四月十二日附第五回準備書面御参照)、弁済の抗弁の他、清算金一七、六〇〇、七一二円の引換支払の抗弁を提出した(原判決第七丁表一行目以下)。

然るに原判決は、かゝる清算は訴外日本ゴルフと上告人との間でなされるべき筋合であつて、被上告人に対する関係では主張することを得ない旨判示(原判決第十七丁表六行目以下)しているのは、本訴名義書換請求に対する上告人の右清算金引換給付の抗弁の趣旨を誤解し審理を尽さず右抗弁に対する判断を遺脱したものである。

蓋し、被上告人の右請求(名義書換)は、会員権担保契約における担保権者自身である訴外日本ゴルフからの申立ではなく、右担保権者より当該担保物(会員権)を譲受けたと称する被上告人からの申立ではあるが、実質上は、右担保契約によつて生じた担保権実行の行為(本件名義書換を遂げることによつてはじめて担保物の処分が完了し、入会保証金、預り証(甲第一号証)等の文書交付があつただけでは未だ担保物処分は完了したとは云えない。詳細は後述する)に該当することは、原判決認定事実からも明らかであり、然るが故にこそ、上告人は原審において代物弁済予約形式の担保契約に基く担保権実行としての、目的物の引渡請求乃至所有権移転登記請求の場合の清算金引換給付に関する判例法理(最高裁判所昭和四十八年一月二十六日判決、民集二七巻一号五一頁)に準拠して、上記抗弁(引換給付)を主張したにも拘らず、原判決は、被上告人の名義書換請求は上記担保権実行とは何等の関わりもないものであるかの如く誤解し、上述の如き判示に出たものと解されるからである。

換言すれば上告人の右抗弁は、本件会員権を目的とする担保契約(非典型担保契約)上の担保権実行としての名義書換請求の性質を有する本訴請求に向けられたものである。従つてこの請求を行う者が、訴外日本ゴルフ(担保権者)でなく、被上告人(担保物処分の相手方)であつても、上告人の清算金引換の抗弁は、等しく主張適格をそなえるものと云うべきである。

この点について、原判決には重大な誤解があり、上告人の抗弁の趣意の誤解に陥つている。又右誤解に非るとするならば、原判決はいわゆる非典型担保権の実行としての移転登記乃至引渡請求の場合における清算金引換給付の法理、即ち、口頭弁論終結時における目的物の評価額より債務額を控除した清算金との引換えを抗弁したときは、引換給付の判決をなすべき旨の判例法理(上掲)若しくはその精神に違背し、清算金との引換を命ずることなく、名義書換をなすべし旨判決した違法がある。

(本件において名義書換請求が担保権実行行為に該当するとなす理由について)

本件において、上告人と訴外日本ゴルフとの間の担保契約の目的物とされたゴルフ会員権は、決して一審判決の云うが如き「ゴルフ場でプレイをすることができない」会員権ではなく、原判決が云うが如く(原判決十二丁表九行目以下同丁裏六行目)、預託金債権関係とゴルフ場施設利用権等を包括した契約上の地位であると解するのが正当であるとするならば、かゝる地位の譲渡は、本件名義書換手続の完了をまつてはじめて完成するものであり、換言すれば、右名義書換が終了しない限り、担保物(会員権)の処分は未完成であると云う外ない。このことは、会員権譲渡におけるゴルフ倶楽部(或は神奈川開発観光株式会社)の関与が、契約引受(地位の譲渡)の契約形態如何の面から問題とされるにせよ、或は原契約の相手方(債権者)の承諾の要否の面から、債権者対抗要件乃至効力要件の問題として考えるにせよ、現実社会でゴルフ会員権が取引され経済上の財貨として相場価格が形成されるゆえんは、会員権者(正会員)となればゴルフ場施設を優先的に利用しうる特権が与えられることに主として着目し、これに財貨性が生じていることに鑑みれば、殆んど自明のことであろう。原判決はゴルフ会員権の譲渡の成否は譲渡人譲受人間のみの問題でありゴルフ倶楽部に対する対抗問題の完結(名義書換)をまたずして、会員権処分が完了(担保権実行の完結)するとの見解に立つが如く見えるが、然りとすれば本件会員権に対する観察判断に前後矛盾があるとの非難を免れない。即ち、一方ではそれを包括的契約上の地位であると見ながら、他方ではゴルフ場施設利用権を伴わない会員権を認める結果となる(会員権譲渡についてゴルフ倶楽部の承認のない場合、譲渡人と譲受人のみの契約により、譲渡自体は効力を生じているということは、実際上、施設利用権を伴わない会員権の移転を認めるに帰する)からである。

以上何れの点よりしても、原判決は破棄を免れず、原審に差戻されるべきものと信ずる。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例